偏差値40だった僕が1年で偏差値56まで上げて大学に合格した話

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センター試験も終わり、受験シーズンが本格的に始動しはじめた今日この頃ですね。

この時期になると、自分自身の大学受験の頃を思い出します。今回は自分の大学受験を振り返ってみようかなと思います。ちなみに僕は私大文系出身です。なので、科目は3科目。英語、国語、日本史で受験しました。

いま振り返ってみても、よく大学行こうって思ったよなぁ。っていうか、なんで大学行こうかって思ったかですね、問題は。今日は、そのあたりも含めて。ただ、あの時大学進学に舵を切り替えたこと、後悔していません。いまでこそ、「大学に行くことがすべてではない」と言われてますが、それでも大学を目指すこと、大学に入学すること、そして大学を卒業することはムダではないと思っています。

大学に進学しなければ出会えなかった人たちがいっぱいいるからね。

受験勉強がうまくいかなくて悩んでたり、就活でもいいや、「なんか人生うまくいかないなぁ」って思っている人の背中を少しでも押せたらいいな。

初めて受けた高3の11月の模試偏差値が40。現役で受験した大学がすべて不合格だった僕が、浪人して12月直前模試で偏差値56まで上げて1年で大学に合格したお話です。

この”大学合格”への経験が、いまの僕の人生を形成しています。考え方が固まったのもこの時期なのかもしれません。参考になれば幸いです。

偏差値40前後の大学例

  • 国士舘大学
  • 拓殖大学
  • 文教大学
  • 明星大学
  • 帝京大学

偏差値56前後の大学例

  • 法政大学
  • 中央大学
  • 成蹊大学
  • 成城大学
  • 明治学院大学

※ちなみに英語の偏差値は50ちょっとまでしか上がりませんでした

↓↓詳しい勉強法は、こちらから↓↓

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現役で受けた大学に全滅するまでの5ヶ月

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まずは、進路を”大学進学”に決めてから受験校に全滅するまでの軌跡をお話ししよう。

完全に大学受験をなめきってた若かりし18歳のときの記憶です。

「大学に進学しよう」と思った高3の夏

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僕は、高3の夏まで大学を目指していませんでした。「専門学校でいっか」って本気で思ってたし、バイトに明け暮れていて勉強も全くしてなかったし。学校の成績だってボロボロ。推薦入試の基準にひとつもかすってなかった現実。これ、結構ヤバい状況ですね。”底辺”と呼ばれる大学の推薦基準すらクリアしていなかったんですよ。

この時期は本当に楽しかったですね。部活もしていなかったので、遊ぶ相手はもっぱらバイトの先輩。バイトの先輩もフリーターの人が多かったので、なんとなく「フリーターでもいいかなぁ」なんて思ってたし。自由に遊びながら生活するのもいいなって。

夜な夜な遊び呆けてましたね。バイト自体は高校生だったんで、22時までしかできないんですけど、23時に終わるフリーターの先輩を待って、それからファミレス行って、朝2時くらいに帰宅、みたいな生活を繰り返してました。いま考えると恐ろしい話。

そんな中、部活をやっている高校の友達たちが引退しはじめて、予備校に通いだしたんですね。

「えっ、せっかく引退したのに勉強するの?なんで?」

なんて、かなり滑稽なこと聞きまわってました。「こいつ、マジでダメなやつだな」って何人の同級生に思われたことか。

みんな、目的を持って大学を目指そうとしてたんですよね。

そんな状況に、なぜか疑問をもって、親に「大学ってどうなんだろ?」って相談しました。当時、ラジオのオールナイトニッポンの最盛期。ラジオを録音して聞いていた僕は、漠然と「テレビ・ラジオ業界で働くんだろうな」って思ってました。(働きたい じゃなくて 働くんだろうな ってあたりが若造ですよね)

そんな「大学ってどうなんだろ?」っていう質問に対する親の返答は、「テレビ局・ラジオ局って大卒じゃないと就職できないよ?」でした。

もうね、この一言で十分だったんですね。「あっ、大学行かなきゃ」って。「大学進学しよう」って思いました。

これが高3の夏。8月の終わりの出来事。

「大学はムリじゃない?」と言われた高3の秋

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さすがにいままで勉強もしてないし、予備校だって通ってない。でも、「なんとかなるだろ大学くらい。大学なんて腐るほどあるんだし」となめてかかっていた高3の秋。

高校の担任の先生との進路面談で、「お前、進路どうするの?専門?」って話になった時に、「大学進学します」と言ったんですね。

あの時の、一瞬の沈黙を僕は忘れない。18歳の僕は、あの沈黙の時間を永遠にさえ感じた。

「……いや、大学はムリじゃない?何も勉強してないだろ?」

先生のいうことはごもっとも。何も勉強してません。大学に行くといったものの、どこの大学に行くのかだって知りません。受験科目すら知りません。

「まずは、大学のことを調べてからだろ」

これが高3の9月の出来事。どう考えたって、この時点で現役合格はムリですよね。ちなみに、ここに至るまでに模試を受けたこともなかったので、自分の偏差値すら知らない状況です。

「大学受験なら予備校だろ!」入ってみた

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「何はなくとも、とりあえず勉強すればいいんだろ?」という半ば反抗的な態度で予備校に通うことにしました。幸い、バイトしまくっていたので、手元にはお金がある

予備校に入れば、受験用の勉強ができるから合格なんて楽勝だろうと思っていたあの頃。よく考えてみれば、そんな簡単に合格できるんなら、みんな志望校合格してるって話ですけどね。同時は、受験のことなんてよくわかってないまま進学に舵を切り替えたので。

予備校の門を叩きます。

僕は、

  • 4年制大学
  • 文系科目で受験(英語・国語・日本史)
  • メディア系に特化

の3本の軸を予備校入学前に担任の先生と話して決めたので、私大文系合格コースに申し込みをしました。特に入学選抜試験などはなく、一般のクラスに途中から入学です。

「大学に入れればいいや」ってくらいの意識だったので、特に志望校は決めてませんでしたが、入学の際に記入する必要があったため、とりあえず知っている大学を記入しました。(記入したのは、日本大学・中央大学・明治大学・法政大学。駅伝でみたことある大学名ばかりです)

そして、はじめての授業。英語の授業でしたね。いまでも覚えています。予備校講師の話している内容がひとつもわからなかったのです。

まわりの人たちが問題をカリカリ解いている。というか予習してきている。質問にも自信を持って答えている。なんだ、ここは。

「これは、常識ですね」

えっ、なんだって?常識?はじめてみたけど?ってか、さっきから何言ってんの?

勉強してない高3の男の子が来る場所ではなかったようです。でも、まだ大丈夫だと思ってました。「予備校にきてる人は勉強できる人だろ?きてない人だっているんだから、そいつらと比べれば、いまここにいる僕の方が有利だ」なんて謎の自信。すべてを都合よく考えていた高校時代。

そこから、何を言ってるのかわからない授業を延々と受けに行く日々が続きました。もちろん、講師に質問なんで一切することもなく、チューター面談すらサボる始末。だって、バイトも並行してやってたからね。

まだナメてたんだよね。大学受験を。

そんな高3の10月。

人生はじめての模擬試験を受けた11月

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そんなこんなで予備校通い始めた僕は、気分は受験生。センター試験の願書も出したりして、勉強できるようになった錯覚を持ってました。

それもそのはず。バイトのフリーターの先輩からは、「予備校いってるの?すげー!頭いいじゃん!!」とか言われて、ちょっと自分は特別なんじゃないかって錯覚してましたから。

で、なぜか自信満々で受けた11月の模試。

蓋を開けてみれば、”偏差値40”。英語にいたっては偏差値35とかでした。それでも、偏差値の意味がよくわからなかった僕。ただ、それでもわかったのが、”合格可能性判定”でしたね。書いてある大学すべてがE判定。

「志望校再考の必要があります」

なんだよ、志望校再考って。勝手に決めんなよ。なんて偉そうに思ってましたが、当たり前。勉強してこなかった僕は、高校で習う勉強内容の基礎すらできていなかったんですから。

「さすがにこれやばいんじゃね?」って思って、偏差値40前後の大学を探してみることに。そこで、はじめて知った駅伝に出ている大学のレベルの高さ。

「全然むりじゃん…」

偏差値40前後の大学を調べても、ほとんど知らない名前。文教大学・帝京大学・明星大学あたりは知っていたので、志望校を3校に変更。これならなんとかなるだろ。

いまだに辞めないバイト

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そんな受験も直前に差し掛かり、まわりの空気もピリピリし始めた12月。僕はまだバイトを続けていました。というか、辞める気配すらなかった。

勉強しなきゃいけないのはわかってたけど、それでもバイトに行くのが楽しかった。毎日のようにフリーターの先輩と遊びに行くのが楽しかった

まわりの受験生が、追い込みをかけている中、僕も年末に向けて収入への追い込みをかけていました。時間かけるところ間違ってたんですよね。目の前の収入を第一優先にして、その後の4年間をまったく考えていないあの頃の僕に『喝っ!!』ですよ。

結局、バイトを辞めた(休職かな?その後復帰したので)のは1月中旬でした。

12月直前模試の結果も惨敗

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11月模試の結果を見て、学力向上ではなく志望校変更に舵を切った僕。自分の偏差値くらいの大学に変更したので(ちょっと背伸びするっていう変なプライドもあったけど)さすがにE判定はないだろうと結果を見てみると、

E判定(志望校再考の必要があります)

全部の大学に書かれている結果。おい、どうなってんだよ?このときの偏差値は40を切ってました。

「前回より悪くなるなんてことあるのかよ?予備校って詐欺かよ?」

って本気で思ったけど、偏差散って模試受験者の平均値で出してるから、まわりの人の学力が伸びれば、そりゃ相対的に下がるって話。そんなことも知らない受験生。

”バカにつける薬はない”ってまさにこのことですね。

さすがにね、この時期になると「ちょっとまずいな…」って机に向かう時間が増えました。でも、増えたと言っても1日2時間程度だけどね。それでも、「おしっ、今日はやってやったぜ!」っていうテンション。

ちなみに、この時期ってみんな赤本(大学の過去問ね)とかガリガリ解きまくってる時期だと思うんだけど、僕は赤本なんて持ってなかったから、予備校のテキスト解いてました。で、満足してました。

センター試験、爆死

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そして、迎えたセンター試験。

いまでも覚えています。センター試験の前日の金曜日。みんなは最後の追い込みと苦手な部分の確認、体調管理に勤しんでいたことでしょう。

かくいう僕は、”木更津キャッツアイ”をリアルタイムで見てました。

もうね、受験生っていう自覚なさすぎるよね。「センター試験なんて練習だろ?国立受けねぇし」とかわけわからない言い訳しながらドラマをみる。こんな受験生、間違っても受からねぇよなァァア!

で、センター試験。

なんでだろうね?ムダな自信。「結構できたかも!」という謎の自信。

蓋を開けてみると、英語200点満点中60点。日本史100点満点中40点。国語150点満点中60点。見るも無残な結果。

この結果で合格できる大学なんて、どこにもありませんでした。

2月 私立大学の入試で爆死

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それでも「まぁあと1ヶ月あるしなんとかなるだろ」って思っていた2月。なんともならなかったよね。受ける大学すべて撃沈。箸にも棒にも…ってこういうこと。

こうして、”偏差値40からの大学受験”は誰もが予想できる結末で幕を閉じました。

さすがに、すべて不合格だったこの現実は勉強をしてこなかったにしても自分自身にズシッときました。

いま思えば、この「ズシッときた経験」が現在の僕を形成させるためには必要だったのかもしれません。あのとき、何も考えずに専門学校に進学していたらどうなっていたことか…。

これで、高3の受験のお話は終わりです。



浪人 偏差値40から56まで上げて合格するまでの軌跡

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3月。高校の卒業式を終えた僕は、浪人して大学を目指すことを決めました

正直、大学に受からなかったことが結構なダメージでした。ロクに努力もしなかったのに、挫折を味わえるなんて、なんて軽い人間なんだっていまなら思いますけどね。とにかく、適当に人生を歩んできた僕の最初の挫折だったんです。

1年間、浪人をして大学に合格するために勉強することを宣言しました。

”大学絶対合格!”を誓いリスタート

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来たるべく3月の模試。浪人して初めての模試です。

結果は、いままでと変わらず偏差値40。これはわかってました。だって、ちょっと前に終わった受験で全滅しちゃうくらいの実力だもの。

ここから偏差値を上げるために、勉強を開始します。

目標を高く設定!

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現役時代の「なんとかなるっしょ!」っていう考えを払拭

目標は高めに設定しました。志望校は、明治・法政。「1年で合格できるくらいに実力をつければ、大学生になれる!」って自分を振るい立たせながら、勉強を開始しました。

  • 自分に足りていないものは何か?
  • 足りていないものを補うために必要なことは何か?
  • 合格点を取るためにはどこに力をかけるべきか?

現状と課題、そして合格するための最短距離を模索しました。

受験で必要なのは、受験科目すべてができるようになることではなく”合格点をとること”です。

僕は、”基礎からわけわかめ”状態だった英語への勉強比率を下げました。

「英語は基礎的な内容だけ理解しておけばいい。満点をとる必要はない。その分、国語・日本史で得点をとる」

いま思うと、浪人時代に仕事の仕方を学んだ気がします。

  • 自分の戦えるフィールドはどこか?
  • 戦えるフィールドで最大のパフォーマンスをするためにはどうしたらいいか?

この2点に特化した勉強が始まります。

それからは、徹底的に国語と日本史の勉強に時間を割き、英語は基本構文や簡単な長文の対策のみ。この割り切った勉強法が合格へと繋がっていきます。

↓↓詳しい勉強法は、こちらから↓↓

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なかなか結果につながらない6月

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4月から国語・日本史に比重を置いて勉強を繰り返してきましたが、なかなか模試の結果に繋がりません。6月の模試でも、国語・日本史の偏差値は45前後。

「何がいけないんだろう?何が足りないんだろう?」悩みました。得点は伸びてきているので、偏差値は少し上がっていますが、目標はもっと高いところにある。

「急に偏差値は上がらない。そんな急に上がるんだったら、浪人する人なんていない。いまは、結果が出るのを信じで繰り返すのみだ」

そう自分に言い聞かせて勉強していました。この”自分を信じて”というのがよかったんでしょうね。もし、このときに投げ出していたり、勉強方法を変えていたら、この先の結果にはつながらなかったでしょうね。

結果がではじめた9月

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愚直にも、国語・日本史に時間をかけてきた甲斐があり、9月の模試で2科目の偏差値が55を超えます。(平均偏差値は49)

勉強の結果が見え始めました。あの頃の僕は、「やっと報われた…」って気持ちでしたね。ずっと暗闇の中で、ただひたすらに偏差値が上がることを信じて勉強してましたから。

もちろん、合格可能性はE判定。ただ、結果がでたことで「このままやり続ければいける!」って思えました。現役のときとの意識の差が半端ないですね。

英語に関しても、基礎的なところが少しずつ理解できるようになってきてました。”文の中に動詞は2つ使っちゃいけない”とか”長文読解は、とりあえず単語の意味をあぶり出して、なんとなく理解で進めば読める”とかね。

偏差値爆発!12月直前模試〜大学入試合格へ

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そして、偏差値が爆発します。

12月直前模試の偏差値が異常な数字を叩き出しました。

国語:62、日本史:65。

偏差値だけでいったら、G-MARCHの判定で余裕でA判定がでるレベルです。

英語は50ちょっとまでしか伸びなかったので、平均では56。それでも、明治・法政の一部の学部ではA判定が出ました。

そして、前年に爆死したセンター試験。英語は200点満点中140点。日本史は100点満点中90点。国語は150点満点中135点(古文は満点)。

その後、私立入試本番でも英語以外では目立った失敗はなく、無事大学に合格することができました。

明治・法政には合格できなかったけど、それでも1年前、高校の担任の先生に「大学はムリだろ…」と言われたところからの合格。

このとき確信しました。

  • 勉強はやみくもにやっても結果はでない
  • 目標は高く設定する
  • 目標と現実のギャップを明確にする
  • 目標にたどり着くまでの最短距離を明確にする
  • 自分の戦えるフィールドを模索し、集中する

この5つのステップさえ明確にすれば、やれないことは何ひとつない、と。

勉強だけじゃない。仕事だってそう。自分の戦えるフィールドを模索して、目標と現実のギャップを抑えて、最短ルートを攻略できれば、成せないことなど何もない。

これを言いたかったたがために、こんな長文書いてみました。大学受験に関しては、いままで他の人に話したことがなかったのですが、自分の人生、これからの生き方を考える際に、まとめてみようと思った次第です。

いつも通り、長くなっちゃいましたね。

それでは、今日はこの辺で!

↓↓詳しい勉強法は、こちらから↓↓

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